共著で自分も執筆している「弁護士独立・経営の不安解消Q&A」が発売されました。
この本を執筆するにあたって、自分の経営を振り返って見返す機会を得ました。
その中で、改めて気にするべきことは、弁護士業を取り巻く外部的脅威(SWOTでいうところの「Threat」だと思います。
51ljtbeseil-_sy498_bo1204203200_ ←Amazonのサイトへのリンク
この点について、札幌弁護士会が開催した、法曹人口問題を考える市民集会の報告書が参考になります。
弁護士を増やすことで想起される様々な問題や、「自由競争」に伴う問題などが、非常にわかりやすくまとめられています。
これは、弁護士の経営上も、たいへん勉強になります。
弁護士の世界も「自由競争」などと言われていますが、そうはいっても、我々の世界には2つの問題があることに注意しなければなりません。

1 「フェア」な競争がされていないこと

 「自由競争」が正当化されるのは、そこが「フェア」な市場であることに基づきます。
 しかるに、弁護士の業界では、税金・公金を注入して、それにもとづいて、通常の街の弁護士では原価割れするような価格帯での事件受任をすることを趣旨とする「法テラス」という団体があります。
 弁護士といえども、事務所を構え人を雇っていますし、また、いい仕事をするための投資(本や判例検索システム、研修や勉強など)を行う以上、一定の「商売」ではありますから、それらを賄う資金がないと、つまり一定の原価を売上から確保しないと、事業として成り立たないし、質を維持できません。弁護士の費用はわかりにくいといわれますが、それでも、こうしたことを意識して、事件の実情に配慮しながら、バランスを考えた費用を設定します。
 ところが、そのバランスは、税金・公金注入をバックに、同業他社にとって原価割れの疑いのある価格が設定されると崩れます。
すなわち、フェアな競争という構造は破壊されます。
しかるに、当業界では、「法テラス」の存在と、それを後押しする弁護士会(これは我々の会費で成り立っている)において、この「フェア」という概念が存在しないので、このあたりのバランスが崩されているように思います。
「フェア」なくして「自由競争」を掲げたら、業界が崩壊するのは言わずもがなでしょう。

2 非採算分野からの撤退

 弁護士の仕事は、採算に乗せられない分野があります。総称して「公益」分野とでも名付けられるのでしょうが、「自由競争」とはすなわち「お金集め競争」です。
 そして、弁護士の仕事は、弁護士の身ひとつでやるので、生産時間を増加させることは困難です。
 そうすると、理論的には、「お金集め」に不利な分野、すなわち非採算分野の仕事を極力減らせば、逆に言えば採算部門に充当できる時間が増加します。つまり、いかに非採算分野を減らし、採算部門に充当するかが、「勝者」になるために重要な要素です。
(もしくは、仕事時間あたりの時間単価、さらにいえば「付加価値」を高めることが重要。ブランディングはその一手段)
 したがって、「自由競争」とは、すなわち、非採算分野からの撤退を促進することになります。
 非採算だが世の中にとって重要なこと、誰かがやらなきゃいけないことというのは、あります。刑事弁護しかり、会務活動はそういうものが多いです。今後、こうした分野からは
①このプラクティス分野での経験を積みたいという気持ちがあってかつ経済的に余裕のある(イソ弁として一定の生活が保証されている者も含む)弁護士、もしくは
②他のプラクティス分野での収入獲得の見通しがないため非採算かそれに近いレベルのフィーであってもこのプラクティス分野に甘んじるしかない弁護士

以外の弁護士が、続々と撤退していく可能性が高いといえます。
現況でいうと、①が多いため、国選刑事弁護の分野に関して言えば人員不足ということはないと思うのですが、東京や大阪では、国選の配点を受けるため弁護士会で並ぶとも聞いており(福岡では国選の依頼は事務所への電話によって行われる。つまり「並ぶ」といった「営業活動」は不要だから恵まれている)、②のタイプの弁護士が今後は激増すると思われますし、また、弁護士激増論は、②のタイプの弁護士を増やす必要があるからわざと主張されているのだと私は理解しています。
なお、会務活動は、「非採算かそれに近いレベルのフィー」すら獲得できないので、殆どなり手がいないという状況がすぐそこに来ていると見ています。

3 まとめ

 以上のように、弁護士に「自由競争」といっても、まず1に述べたように、そのための「フェア」が確保されていないことが最大の問題で、弁護士に「自由競争」があてはまらないことの一つの要因になっていると思います。
また、2に述べた「公益」も問題です。
弁護士に「自由競争」を求めるためには、まずこの2つの問題を解決する必要があります。
すなわち、「フェア」であるべき分野とは、採算分野ですから、この分野には法テラスを一切立ち入らせないこと。次に、「公益」の部分は大切だから、ここは「法テラス」に費用面でのセーフティネットの役目を果たさせること。
これに尽きるのかなと思います。
しかるに、上記の通り、当業界は法テラスにより「フェア」が放棄されている状態で、かつ、「公益」等を背負っている状態で「自由競争」が始まっているため、経済学的に見て、おそらく類例のないほどいびつな状態になっているものと思われます。

こうした構造をどのように形容するか悩ましいところですが、私は、旧国鉄や、今問題となっているJR北海道と、現在の弁護士業界は、酷似していると感じています。
そのあたりは別項でいずれまとめるつもりです。

もしこの見立てがあたっていると、弁護士業界は、あと10~20年以内に、大崩壊を起こすのではないかと考えています。当たらないことを祈りますが、多分、弁護士業界なかんずく日弁連の上層部あたりまでいくと、まだまだこうした構造に気づけていないと思うし、おそらく気づこうという気概もなさそうに思われるので、厳しいのではないかと見ています。

 また、司法改革を推し進めてきた人々(なかんずく一部の法律学者)は、二言目に「自由競争」「経済原理」とおっしゃいます。しかしながら、「自由競争」も「経済原理」も、「フェア」の上に成り立っている、という発想が絶無です

(この点、経済法関係の先生からみれば奇異でしょう)。