1 本稿の趣旨と発端
「新型コロナウイルス感染症等の影響を受けた国民等に対する援助のための日本司法支援センターの業務の特例に関する法律案」(以下、特措法といいます。)が日弁連執行部から立憲民主党・公明党に少なくとも提出・提案され、それから一気に、すわ法テラスの範囲無限拡大か!?という意識が会員間に広がり、上記提出・提案に対する反発が広がったところです。
そのきっかけとなったのは、釧路弁護士会・岩田圭只先生の下記ブログでした。
https://yiwapon.net/archives/9696
このブログは、特措法の問題点と、提出・提案過程の不透明さに疑義を述べるものでした。
特措法の概要は
https://www.dpfp.or.jp/download/48907.pdf
のとおりで、要は「新型コロナウイルス感染症及びそのまん延防止のための措置に起因する紛争」につき、資力要件とは無関係に「(新型コロナ及び蔓延防止策(自粛等)の影響で収入の著しい減少があったことを要する(第3条第2項))」という点が問題です。
「新型コロナ等の影響」というのは技術的に判別は不能で、事実上、誰でも(中小企業も)が法テラスを使える、ということになります。
これを、日弁連執行部が、総会決議も経ずにいきなり立憲民主党・公明党に提出し、国会審議に上程されたということで、目下、有志会員が立ち上がり抗議行動を展開するという大問題※に発展しています。
※有志会員から、日弁連宛に、この経緯についての公開質問状を要求する状態になっています。現時点で匿名賛同者を含め158名から賛同が出ています。
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSfnN2ig7G-OkPa6b7ptx5-wjoWMlY7Wazyxo8g6DwLvQ-oCBw/viewform
2 さらに
さらに、与党内でも、同様に、中小企業の法テラス利用拡大を企図した下記の通りの提案が出されていたことがわかりました。提案者はいずれも弁護士議員です。
http://www.miyakeshingo.net/news/%E6%83%85%E5%A0%B1/entry-597.html
内のPDFファイルをご参照ください。
3 これらが実現すると
さて、ここからが大事なのですが、これらにより法テラスの利用範囲が中小企業にまで拡大することになりますと、以下のとおりの問題が起きることが懸念されます。
とりわけ、顧問先が何らかの「別売り」業務を依頼してくるとき、以下のような「余計な作業」が発生し、単なるインカム低下に加え、コストアップが生じると懸念しています。
(1)定形性のない業務の場合
法テラス利用を希望された場合、法テラスとの折衝が大変になる。
それでいて法テラスには理解できない。
柔軟な費用設計ができない。
費用設計するとしても、法テラス価格との比較にはっきりとさらされる。
(2)定形性のややある業務、あると一般には思われやすいが実は結構難しい業務(契約書や規約類の作成)
法テラス利用の圧力が強くなる。
拒めば顧問契約終了となりかねない。
下手に法テラスなんかで受けたりした日には、割に合わない費用でノウハウ流出を強いられる恐れが強い。
(3)定形性のある業務(繰り返し行われる債権回収、内容証明発送など)
法テラス利用以外は受け付けてもらえない。
また、定形性があるとみせかけて実はそうでもない(交渉が発生する)ケースは多い。
その場合にスピンオフする作業について、法テラスがきちんとプライシングするかというと、疑わしい。
(4)全体として懸念される点
業務内容の詳細を法テラスに伝えざるを得ず、そのことにより守秘情報の漏洩の懸念がある。
その結果、以下の問題が起きることが想定されます。
①法律相談は償還不要となっているため、同一案件3回ルールがあっても、相談し放題を売りにする顧問はほぼ不要となる。
②現に顧問契約が締結済みであっても、職務基本規程による教示義務があることになり、その結果、法テラス価格に価格が誘導される。
③上記与党提案が対象としているのは、中小企業基本法にいう中小企業であると想定されます。
すると、仮に製造業だと資本金3億円、従業員300人以下あたりの規模の中小企業が対象となります。
その結果、被害がなかった事業者がほぼ存在しない状況下において、日本の企業の99%に法律扶助が適用され、それら企業との顧問契約が不必要となります(壊滅)。
4 今後、我々がするべきこと・できること
私の考えは以下のとおりです。
①法テラス契約の解約運動。
法テラスの唯一の弱点は「手足」を弁護士に委ねていることです。
なお、これにより、「弁護士法を改正され法律事務の独占が崩れる」という懸念があるかと思いますが、杞憂と考えます。とりわけ紛争業務や刑事弁護業務は極めて特殊であり、隣接他士業の本来業務の水平展開の範疇に入らず、すなわち、事業化・商業化が難しいからです。
といっても、そのような法改正がされれば、一定程度の他士業への紛争/刑事弁護業務の流出は避けられず、その意味での混乱は様々な方向で発生することは避けられないでしょう。
②倒閣(執行部)運動。
これは非現実的かつ無意味です。もはや法案は「走り出している」のであり、執行部を斃したところで、何も得るものはないからです。
③各単位会からの反対声明。
このあたりが一番穏当かと思いますが、ではどの手順でおこなえばよいかについては、よくわかりません。
ひとまず、私は個人的に、中小企業委員会の委員長宛に、そのような打診をお願いするメールをしております。結論がどうあろうと、委員会内でとりあつかっていただくことで、会内議論が巻き起こればそれでいい、という考えです(①にもつながることが期待できる)。
このような、各単位会ごとの、然るべき委員会ないし執行部・常議員(会)から、然るべきルートで声を挙げてゆくことが重要かと思います。
5 結語~今後の教訓として
今回の一連の流れについて、心情的には、いろいろと思うところがありますが、そこは割愛します。
ただ、今回の日弁連執行部の所業に対し、私は、「日弁連が割れる可能性がある」「弁護士自治が崩壊するトリガーを引いたのではないか」と少し感じています。
そして、この一連の件について漏れ聞こえてくる情報は、政治家と有志弁護士間の折衝結果に基づくものだけで、執行部は、今回の経緯について、一切会員に説明をする気配がありません(理事会では説明があったと仄聞します)。
会内民主主義が機能していない日弁連は、10年後、ちゃんと残存するのでしょうか・・・?