商売繁盛すると、次のステップに移る
商売をしていると、繁盛し、次のステップにうつり、飛躍―
街の小さな路面店から始まったお店が、お客様に恵まれ、大規模な商業施設に出店、というのは、サクセスストーリーの象徴のようなできごとでしょう。
商売人の夢だと思います。
しかしながら、弁護士という仕事をしていると、こういう喜ばしい局面に立ち会わせていただくこともある一方で、逆に、このような「飛躍」の数年後に、倒産、というケースを、しばしば経験せざるを得ないものです。
今日は、
・大規模商業施設への出店を勧誘されている経営者 あるいは
・大規模商業施設への出店を考えている経営者
の方に、私の弁護士としての乏しい経験から見聞した範囲でのことから、ぜひ考えてみていただきたいことをお伝えいたします。
大規模商業施設から誘いが来る
「地域の話題店」になると、大規模商業施設からは誘いが来ます。
私はこれを「スカウト」と言っています。
大規模商業施設の命は、中に入っているテナントのブランドイメージです。
そして、不動産業(貸しビル業)は、典型的な装置産業ですから、「限られたスペースをいかに有効活用するか」もっといえば「いかに集客力の高いテナントの密度を高めるか」が成功のカギです(これに失敗すると「廃墟モール」になる)。
この構造はプロ野球と似ています。日本のプロ野球は、「支配下登録」70名と限定されていますが、その70名でより良い選手、もっといえば「上澄み」だけを残したいということになり、裏を返すと、「上澄み」以外は「戦力外通告」されます。
テナントビルでも同様のことが起きます。
ただし、通常の借家契約では、簡単には退去させることができません。
そこで、「定期借家契約」という制度を利用します。
定期借地・借家に関しては、借地借家法38条という条文があり、これによって通常の賃貸借契約からの変容が図られています。
定期借地・借家に関しては、借地借家法38条という条文があり、これによって通常の賃貸借契約からの変容が図られています。
近年の大規模テナントビルはこの「定期借家契約」を活用するケースが多いですが、それは、退店を容易にするためであると考えられます。
戦力外通告になると、店舗にはどういう「負債」が生じる?
プロ野球の戦力外通告は、テレビでその様子を扱う番組があるほど、その実態についても知られるようになってきましたが、テナントビルの「戦力外通告」というのは、あまり言われておらず、要は「借家契約を更新しない」ということです。
定期借家契約の場合、更新というのはなく、家主と店子が合意しての「再契約」あるのみです。プロ野球でいえば「契約更改」です。
家主が「おたくとは再契約しません。」というのが「戦力外通告」というわけです。
また逆に、店舗側から撤退を求める場合もあるでしょう(「引退」)。
店舗契約が終了すると、どうなるか・・・
大規模商業施設店舗の場合、退店時の約定がかなり細かく定められています。
退店時によくもめるのは
①敷金(保証金)。
これはよくクローズアップされますから皆さん気を付けられると思います。
問題はそれ以外です。これらがチェックポイントです。
②原状回復費。
大規模商業施設の場合、原状回復を指定業者に任せるように約定されていることが多いです。また、回復させるべき範囲も明記されていることが多いです。結果として、「相場として高めの原状回復費」がかかる傾向があります。
③違約金。
これは、「引退」の場合ですが、「契約満了までの賃料相当額」などといった「違約金」を払え、という約定がなされていることが多いです。「戦力外通告」であればこれは特に気にしなくていい問題ですが。
ともあれ、店舗には、少なくとも、②③の負債がのしかかってくることになります。
すると、退店時に、「思わず」②③の負債がのしかかってきた!どうしよう!となります。
そうなると、再生を考えようにも、居続けても赤字をふくらませる・さりとて退店しても②③の負担がのしかかる、という、「進も地獄・退くも地獄」の状態に陥ってしまうわけです。
弁護士というのは因果な商売でして、「飛躍」すなわち「出店」時に相談を受けることは少ないものの、「撤退」時、もっというと、「会社があぶない」「資金がなくなった」ところでご相談を受けることが多いです。大げさではなく「心肺停止」で持ち込まれることが大半です(だからこの記事を書こうと思いました)。
大規模商業施設に出店する場合にチェックすべきこと
では、どうすればよいか。以下に述べます。
1 大規模テナントに出店するのは、いつでも退店できるだけのキャッシュが残っている状態のときにすること。
(そのキャッシュがない状態での出店は、危険だと思います)
2 そのために
①原状回復費の範囲と金額をシミュレートしておくこと
②違約金額が、いつならどの程度かかるかをシミュレートしておくこと
③事業計画を立てるときに、「デッドライン」を決めておくこと(例:当該店舗の累損がいくらになってかつ本店のキャッシュがそれを満たす場合は撤退、とか)
これらをシミュレートするためには、出店契約書のチェックと、財務内容の精査との両方が必要です。
そのために、大規模商業施設に出店する場合、必ずその契約書は精査し、時間をかけても上記のシミュレートはして、それからGoサインを出すことが、これまでの経験からいうと、大事だろうと思います。
結語
「スカウト」は、あくまでも大規模商業施設側の利益で動いているわけで、店子の生存はあくまで自己責任です。
もちろんテナントとして店子の繁盛が命であると思っているでしょうし、基本的にはそのように動くでしょうが、それとは別次元の問題として、彼らは、賃料を滞りなく支払わせることが仕事なので、店子の経営難に対するリスクヘッジを、契約というかたちで行っているのです。
まして、
テナント契約時は、まさにプロ野球でいうと「ドラフト指名された!」「球団と契約!」という状況ですから、誰しもが「次のステップ」「飛躍」というバイアスでもって動いているため、「戦力外通告」「引退」など、頭をかすめようはずもありません。
しかしながら、現実には、多くのテナントが「戦力外通告」「引退」しているわけですし、テナント出店後の生存競争というのはきわめて激しいことは経営者の皆さんが一番理解されてらっしゃることでしょう。
だから、逆に、出店側(店子側)も、上記の点に留意して、「飛躍」バイアスを抑制しつつ、リスクヘッジしていただくべきかと思います。